(コラム)
中国ジェット機開発、米国社設計利用でも13年かけ米国認証取れず MRJの敵にならず
2015年12月19日
航空経営研究所
主席研究員 橋本 安男
三菱航空機のリージョナルジェット機、MRJがようやく初飛行に成功して、国際的にも「ゼロ戦の三菱が航空機製造で復活した」と報道されるなど、注目を浴びている。一方で、リージョナルジェットの世界では今や老舗となったブラジルのエンブラエルが、着々と販売を拡大する中、ロシアと中国が開発・製造でしのぎを削っており、競争も激しい。特に、中国の機体は国内コストの安さで販売価格がMRJより3割以上安いことから、インドネシアで中国に敗北した高速鉄道の二の舞になるのではないかという心配もなされている。
しかし、この中国のリージョナルジェット機、ARJ21は、MRJより7年も前に初飛行したのにさっぱり航空会社で就航してこなかった。ようやく、11月29日に初号機が成都航空に引き渡され来年2月以降に就航する運びとなった。
日本のメディアでは「MRJのライバル登場」と報道されているARJ21の開発と初飛行後の苦難の軌跡について、またMRJの強力なライバルとなり得るのかについて、今回は考察してみよう。
内陸地域へのアクセス確保が主命題
中国民航総局(CAAC)は2000年末、経済の活性化と西部大開発に代表される地域間格差是正を目標に、リージョナルジェット機の活用を促進する「リージョナルジェット奨励政策」を決定した。
西部大開発とは、経済発展から取り残された内陸西部地区を経済成長させるために、江沢民体制の後期である2000年の全人代で決定された国家政策である。この政策に沿って、02年に中国国産のリージョナルジェット機としてARJ21の開発がスタートした。ちなみにARJ21の正式名称は「Advanced RJ」であり、「進化したリージョナルジェット」を意味する。
したがって、基本コンセプトは中国の西部地域での使用を前提に、「高温、高地といった厳しい環境下でも、効率的に使用できるリージョナルジェット」というものだった。辺鄙な空港の短い滑走路、また標高の高い滑走路にも対応できるよう高い離陸、上昇性能を求められた。当初は08年開催の北京五輪までの就航を目標とされたが、結局その次のロンドン五輪にも間に合わず、来年のリオ五輪にやっと間に合うかというほどに開発が遅れている。
旧ダグラス製MD-82によく似たデザイン
ARJの開発は、上海にベースを持つCOMAC(中国商用飛機有限責任公司)によって行われている。このCOMACは、国有航空機メーカー数社と研究機関とのコンソーシアムであり、その中心企業が上海航空機材会社である。同社は、かつて日本でもおなじみの旧ダグラス製MD-82をライセンス生産し、胴体製造技術や航空機組立て技術を培っている。
このためか、胴体の断面はMD-82とほぼ同等であるほか、機体ノーズの形状、リアジェット方式のエンジン取付け、尾翼形状等、機体のデザインもよく似ている。MD-82製作時の治工具がそのまま使用されているともいわれる。このため、「寸足らずのMD-82」と揶揄する向きもある。
初飛行後も遅延に次ぐ遅延の発生
北京五輪には間に合わなかったものの、基本バージョンであるARJ21-700(78~90人乗り)の初飛行は08年11月28日に実施された。その後、2~4号機も試験飛行に参加し、計4機で試験飛行は急ピッチで進み、初号機の航空会社への引渡しは10年末、遅くとも11年とみられていた。
ところが、異変は試験飛行でないところで起こった。地上では静荷重試験といって、飛行のたびに機体に加わる荷重による金属疲労強度が試験されるのであるが、この試験の過程で、翼に重大な亀裂が発見されたのである。
このため、CAAC(中国民航総局)は同機の運用限界範囲に大幅な制限を設け、試験飛行の内容も制約され、開発は大きく遅延することになってしまった。さらに、追い討ちをかけるように、電気配線や電子機器関連で大きな不具合も発生し、遅れが遅れを生んだ。型式証明自体は初飛行から6年を過ぎた14年12月30日に取得されたが、その後も確認飛行が継続し、成都航空への初号機の引渡しは7年を過ぎてしまった。
そもそも一般的に初飛行から引渡しまでは通常は2年程度であり、遅延でCEO(最高経営責任者)の首が飛んだエアバスA380の場合でも3年であった。7年というのはいかにも異例であり、同機が江沢民時代に構想されたことから、その後の胡錦濤・習近平体制と江沢民・上海閥勢力との確執が影響したのではという、うがちすぎた憶測さえ生まれたのである。
ARJ21はMRJの強力なライバルとなり得るのか?
第一に、このARJ21という機体は、中国内陸部への路線で辺鄙な空港の短い滑走路、また標高の高い滑走路、厳しい気象条件に対応できることが重視され、MRJのような最新の技術を用いて低燃費性能、高環境性能を実現しようとする航空機とは根本的に設計思想が異なっている。
第二に、航空機市場の主戦場である欧米で販路を開拓するためには、FAA(米国連邦航空局)かEASA(欧州航空安全機関)の型式承認が不可欠となる。実は、中国はこの機体で世界市場に打って出ようと、型式承認プロセスでFAAと緊密な連携を取ってきた。FAAも“影の型式承認審査”を行いCAAC(中国民航総局)の型式承認プロセスの能力を評価しつつCAACの型式承認を追認するか検討を行った。
しかし結局、この機体でのFAA型式承認は見送られてしまった。CAACも将来のARJ21の派生型、および最近ロールアウトした150席クラスのジェット旅客機C919で、FAAの型式承認を取る方向に転じている。したがって、基本的には国際航空機市場でこのARJ21がMRJの直接的なライバルになるとは考えられない。
一方で、ARJ21が持つ最大の強みは、中国という潤沢な国内市場を持つ点である。すでに342機の確定発注を受けている。さらに、価格がMRJより3割以上安いことから、また中国政府のODAとの抱き合わせもあって、発展途上国への販路は十分ある。すでに、ラオス、ミャンマー、コンゴなどから発注が入っている。しかし、このエリアは市場の主戦場ではない。
MRJの場合、初飛行から予定されるANAへの初号機引渡しまでのリードタイムは、1年8カ月しかなく、極めてタイトなスケジュールである。ARJ21の初飛行から初号機引渡しまで7年という大幅遅延を他山の石として捉え、官民一体、オールジャパンの体制で心して臨まねばならない。大幅な遅延もなくMRJの持つ所期の性能が確認されれば、欧米を主体とする世界市場は自然と付いてくるはずである。
http://biz-journal.jp/2015/12/post_12940_3.html
(以上)