クアラルンプール国際空港 新ターミナル「KLIA2」の戦略 (2)


クアラルンプール国際空港 新ターミナルの戦略 (1) の続編です。


当レポートでは、マレーシアがクアラルンプール国際空港を活用し、マレーシアの航空事業を如何に活性化しているのか、諸データを用いてご紹介します。 





 

 

クアラルンプール国際空港

新ターミナル「KLIA2」の戦略 (2)

 

2014104

() 航空経営研究所

主席研究員 稲垣 秀

 

 

今年5月2日、クアラルンプール国際空港(KLIA)に、新ターミナル「KLIA2」が開業した。 KLIA2は、以前使われていたLCCターミナルの需要拡大を見て、旅客対応能力の増強を目的として建設された。 クアラルンプール国際空港はマレーシアのナショナル・フラッグ・キャリアであるマレーシア航空の基地空港であり、アジアのLCC(ロー・コスト・キャリア)の雄、エアアジアのスタートの地、基地空港でもある。 

 

このレポートでは、クアラルンプール国際空港の最新情報をもとに、前章に引き続きマレーシアにおけるLCCを活用した航空ビジネスの活性効果を検証する。この章では、GDP、空港旅客数、航空会社のイールド、空港の使用料などを使って、近年の諸指標からクアラルンプール国際空港の急成長の要因をひも解くことにする。


最近のマレーシアの活発な航空事情を表す一つの事例がある。 下表は、国際空港評議会(ACIAirports Council International)がホームページ上で国際・国内線合計乗降客数の2013年、世界空港上位30位ランキング(ACI Traffic Data: World airports ranking)を示したものである。

 

この表において、クアラルンプール国際空港は上位30空港の中で、20番目の位置にある。 国レベルでは14番目の国家である。 ちなみに、国別の実質GDPでは2013年のマレーシアの世界ランクは35番目に位置する。(表には示されていない)

 

この表では、空港を地域別に色分けしている。 また、順位欄が黄色の空港は、2000年以降30位以内にランクインした空港である。 中国などの新興経済国の空港や近年伸長著しいエミレーツ航空の基地空港であるドバイ空港などが新たにランクインしている。 同調査において、クアラルンプール国際空港は2011年に初めて28位にランクイン、以降、急速な利用客の伸びを示している。 

 

この表を見ると、クアラルンプール国際空港の旅客数はニューヨークのジョン・F・ケネディ空港や上海(浦東)空港と肩を並べ、ソウルのインチョン空港を上回る規模である。 日本の空港では、羽田空港だけがランキングされており、成田も関空も、また中部、伊丹、札幌、福岡などの、他の国内主要空港もランク外である。

 

 

 

(クアラルンプール国際空港の旅客数はどのように増えているのか)

 

空港利用客を生み出す要素(ドライバー)を並べると、

   基本は「その都市圏の経済力、すなわち都市圏の実質GDP」 

   平均個人所得水準 

   高速鉄道との競争環境

   航空自由化の進展度合い

   観光目的地としての規模

また、国外との人の往き来については、

   世界全域にわたる大都市の配置とその都市までの距離

   それらの都市との関係の深さ

   ①~⑦の他、その都市経済圏を中心に、空港の基幹航空会社が提供する運賃水準
といった項目をあげることができる。

今回の検討にあたって、同じエリアにあってクアラルンプールとともにASEAN経済の中心である、近接するタイ、シンガポールの2カ国の首都、ならびに、東京を加えた3都市とクアラルンプールとの比較を試み、考察を加えた。 

 

まず、各国の実質GDPを見る。 下図のように、この3カ国のGDPは、2013年に3,000億ドル~4,000億ドルの水準にある。 ただし、GDPを生み出す要素である人口、ならびに一人当たりGDPは各国ごとにまちまちである。 下図でGDPは赤色の数字で示している。 各国とも日本の10分の1以下である。 また、円柱の図については、体積が実質GDP、円の面積は人口、円柱の高さは1人あたりGDPを示している。

 

次に、都市圏GDPについては、米国ブルッキング研究所が公表しているグローバル・メトロモニターの数値を用いている。(2012年実績)  この報告では、世界の主要288都市経済圏を対象として調査している。(都市経済圏のくくりは行政上のくくりではなく、やや広域の経済的に密接な関係を有する地域を指す)。

 

 

 

下表のASEAN3国の首都圏経済を見ると、クアラルンプール都市圏のGDPは東京圏の10分の1弱の規模、1,400億ドルであり、シンガポール、バンコク都市圏の半分程度である。 東京圏の経済規模は世界でトップ、シンガポールは21位、バンコクが36位であるのに比して、クアラルンプールは82位の経済規模にすぎない。 この3国は国家の経済規模はほぼ近似しているが、首都経済圏の経済規模には違いがあることがわかる。

 

一方、それぞれの都市の空港旅客数を見ると、東京圏(羽田+成田)の1億400万人に対して、クアラルンプールの4,700万人を含め、シンガポール、バンコクともにほぼ横並びで、東京圏の約2分の1の規模である。 これら3都市の空港旅客数の世界ランクは13位~20位という順位にある。 東京圏は羽田と成田の合算であるため、順位づけはしていない。 ちなみに年間空港旅客数を都市圏GDPで除した指標を、東京圏を100として表すと、シンガポール243、バンコク285に対して、クアラルンプールは494という数字になる。 経済規模と航空旅客数の関係でみると、クアラルンプールは単位経済あたり東京の約5倍の航空輸送を行っていることがわかる。

 


また、それぞれの空港の2008年から2013年の5年間の旅客数の伸びの違いを見ると、右表のようになる。 それぞれの5年間の伸びは、東京の4%、バンコクの33%、シンガポールの43%に対して、クアラルンプールは73%の伸びを示している。 

 


(クアラルンプール国際空港発の低航空運賃が乗客を増やしている)

 

ここまでを整理すると、タイ、マレーシア、シンガポールのASEAN3カ国の経済規模は拮抗していること。 とはいえ、それぞれの国毎に首都圏への経済の集中度合いに違いがあり、クアラルンプールの経済力はシンガポールの2分の1にも満たないこと。 そういった環境下でクアラルンプール国際空港の航空旅客数はシンガポール、バンコクと肩を並べるところまで近接し、また、近年急増していること。 これらのことから、冒頭に整理した、空港利用客を生み出すドライバーは1~7項目の他に第8項目の運賃水準がクアラルンプール国際空港の隆盛に結びついていることがよくわかる。


 


  

上の表は、4都市圏の空港を基地空港とする航空会社のイールド(旅客ごとの1kmあたりの航空収入: 年間旅客収入の決算値ベースの値)をドル表示したものである。 言い換えれば、各社、各空港の航空運賃水準を示している。 (注:JALとANAのイールドはほぼ同値である。)

 

それぞれの航空会社が提供するサービスは異なるものの、イールドだけを見てストレートに比較すると、JAL/ANA、シンガポール航空、タイ航空、マレーシア航空、エアアジアの順に航空運賃水準は低くなっており、JAL/ANAの100に対して、エアアジアは(37)、マレーシア航空は(49)といずれも、半分以下の水準である。また、マレーシア2社の運賃水準はいずれも、シンガポール航空、タイ航空の運賃水準を下回っている。

 

マレーシア航空とエアアジアの2社の一部の指標を比較したものが、下表である。マレーシア航空とエアアジアの旅客数は略同規模である。 エアアジアの旅客平均搭乗距離が1,200kmであるのに対して、マレーシア航空は2,300kmと2倍近く、両社の棲み分けが、エアアジアの近距離路線運営に対して、マレーシア航空は中長距離でも路線運営していることがわかる。 マレーシア航空のロードファクター(搭乗率)は予想外であったが、エアアジアを上回り80.6%である。 エアアジアのイールドはマレーシア航空の75%水準であるが、前頁の表に示したようにマレーシア航空のイールド(7.6)はタイ航空のイールド(8.7)を下回っている。 ちなみに、マレーシア航空のアニュアルレポートでは、2013年の決算で3億7000万USDの赤字(税引後)を計上している。 総収入48億USD対比では8%弱であり、単純計算ではタイ航空より安い8.2USセントのイールドで売れれば収支均衡ということになる。 現実には、マーケットが運賃を左右するので、赤字を出すほどに運賃を下げざるを得なかったのであろう。

 


 

エアアジアとマレーシア航空のイールドの低さがどの程度旅客需要にプラスしているのか。 確度の低い試算にはなるが、両社の平均が、シンガポール航空並みのイールドであった場合、どの程度需要が落ちるのか以下の計算式により試算してみた。

 

 

上の計算式および係数は、IATAが2008年のレポート 「Air Travel Demand」の中で用いたアジア域内の航空運賃の旅客需要に対する弾性値(Elasticity)および計算式である。 クアラルンプール国際空港における2社のイールドの平均値をシンガポール航空並みのイールド9.9まで数値を上げて計算してみるとクアラルンプールの旅客数4,700万人は、3,760万人となり、元の80%、世界ランク30位を下回る水準まで落ち込む結果となった。

 

クアラルンプール国際空港の使用料金を先程と同じ空港と比較してみた。クアラルンプール国際空港の特徴が2つあることがわかる。 一つは今回調査対象とした3空港のいずれと比べても、空港使用料金がかなり安い水準にあること。 もう一つは、同じ空港内でKLIA2の料金を決めるにあたって、ターミナル使用料をメインターミナル(KLIA)の使用料金からかなり割り引いていることである。 

 

グラフは737-800型機(最大184席)の空港使用料金を1座席あたりに換算して5空港で比較したものである。円柱グラフの下段は着陸料であり、上段はターミナルの使用料である。合計額は最も小さなKLIA2が8.3米ドル/席であり、もっとも高い日本の成田第2ターミナルは32.5米ドル/席である。 この2空港の間には24.2米ドル/席の差がある。 KLIA2出発のエアアジアの平均的フライト往復でクアラルンプールの空港使用料金が成田料金に変えて試算すると、エアアジアのイールドは1.0上昇し、6.7米セントになる。 

 

このレポートの冒頭の表にあるように、空港経営会社はKLIA2内に225の商業店舗を展開できるターミナル施設とした。 その実際の効果は結果が示すことになろうが、空港経営の基本的な進め方を、空港使用料の低減を進めて、これが、盛んな航空機発着や人の往来を生み出すように仕組み、最終的にはこの人の動きを国家経済にプラスに結びつけること。 また、人の集まる商業施設から生み出されるお金を空港経営の主な収入源とすることに眼目を置いているようである。

 

(東南アジアにおける空港間競争)

 

ASEANの主要5カ国(越,,,,尼)の拠点空港の乗降客数は2013年に年間2億5,000万人であった。この10年間で1億5,000万人が増加した。 2倍を超える旅客数の伸びであった。 これだけの航空需要の伸びがあると、空港の拡張は自然であろう。 この急拡大の第一要因は経済成長によるが、LCCの事業拡大の要因も大きいようである。 域内航空輸送に占めるLCCの割合(供給座席数ベース)は2009年に欧州並みの30%を超えたが、そこからわずか4年後の2013年に60%に接近する勢いである。 東南アジアにおいては特異的にLCCの伸長が著しい。 経済発展の過程で大量に増えてきた中低所得層の人々に使いやすい航空旅行を提供しているものと思われる。

 

マレーシア政府がインフラ産業の一つである航空産業を重要な産業として捉える意図は明確である。 KLIA2の開業は地域における各国の空港間競争に火をつけるだろう。 クアラルンプールでの空港拡張に対抗して、シンガポールは昔からの東南アジアでの中心的な立場を保持すべく、2017年の完成を目指して、チャンギ空港に年間1,600万人が乗降する第4ターミナルの建設工事に着工している。 また、タイでも2006年に移転、開業したばかりのバンコク国際空港(スワンナプーム)を拡張する計画が進んでいる。 現時点でターミナル利用者数が許容旅客数を上回っているため、2016年までに旅客ターミナルを拡大し、能力を年4,500万人から6,000万人に増やす。 東南アジアのエマージング経済国の一つとして注目を集めるインドネシアでは、ジャカルタ国際空港の拡張が始まり、ベトナムでもハノイやホーチミンで空港拡張、新空港計画が進行、フィリピンでもマニラ首都圏で新国際空港の建設が計画されている。

 

クアラルンプール国際空港ではメインターミナルでエアロトレインを使ってアクセスする、現在のサテライトと対象な位置に新たなサテライトの建設が計画中である。 2,500万人の利用客に新たに対応する。 日本から見ていると、「早くも、次か?」というバブルを見るような光景ではあるが、そういう成長期なのかもしれない。 

 

テーマからは逸れるが、現在、マレーシア航空の赤字化と国有化に関する報道が多い。 飛行中の失踪事故は原因が特定できず、ウクライナで撃墜事件も起こった。 これらの事件による顧客離れが原因であるという記事が多いが、「燃料高騰による中長距離路線の不振と近距離路線でのLCCとの競争が経営を圧迫」という、世界の大手エアライン共通の経営の苦しみであろうというのが筆者の考えである。         

 

                                                                         以上