「JAMR研究員による2015年頭の小論文・随筆など」

機長の権威と権限について思う事

    主席研究員 風間秀樹

 

最近話題になったニュースで、大韓航空の女性副社長が離陸直前の旅客機からサービスがマニュアル通りに為されていないとの理由で客室責任者を降ろして出発を遅らせたという事件があった。

彼女の行為は非常識極まりないと言うことは衆目の一致するところだが、ここで取り上げたいの

はこの時の機長の対応である。問題とされた客室責任者を降ろして飛行すれば長時間のフライト

でサービスの低下は避けられないし、客室の統制も取れないと考えるのが普通だ。しかし自社の

副社長の命令となれば逆らうわけにもいかない。究極の選択を迫られたのだと思う。この件に関

し韓国当局はこの機長に対する責任については追求していない。運航中は警察権をも付与されている機長の権限を侵したこの副社長の責任は免れ得ないが、このまま出発すれば機内の静穏が保たれず、ひいては運航の安全に不安を生ずると判断したのであろう。本来ならばこの副社長を飛行機から降ろすところだがそうはいかなかったのだろうことは想像に難くない。

 

しかし、この事件に接した時、数年前にスカイマークで起きた、会社の命令に背いた機長を乗務

から外し、その後解雇した一件を思い起こさせた。この時機長は風邪で声の出なくなっている客

室乗務員の責任者を当日の乗務から外すように会社に要求したが、交代要員がいない事を理由に事もあろうに当該機長を交代させて別の機長を起用して運航させたのである。

声の出ない客室乗務員が緊急時に乗客に対し的確な指示が出せる訳はなく、機長の取った対応は正しいと誰もが思うところだが、前者と違うところは運航開始前であったということだ。乗務に不適な客室乗務員を起用したことの責任はスカイマーク社にあるが、機長を差し替える業務上の権限もスカイマーク社にあることになる。

 

敢えて言えば、エアラインの機長は常に最悪の状況を想定し、定時性や快適性はもとより経済性

にも配慮しながら安全の最終責任者として総合的に判断を下しているのである。

その結果は他者からの評価の対象となっていて、法に基づかない勝手な行動は許されない。刻々と変わる状況に応じ、様々な法的規定や基準に照らし合わせて運航を継続していくには現場でしか分からないことが多いのだ。解雇不当を訴えたこの機長の主張は認められたが、本来この解雇された機長の判断は尊重されなければならない。

 

この事象が今回の大韓航空の事件にも共通しているのは、航空会社の幹部があまりにも航空機の運航に関する理解がなさ過ぎるということに尽きる。

 

その理由の一つには今では航空機が特殊な乗り物ではなく、ごく一般的に誰でもいつでも利用で

きる時代になってきたということがあるのかも知れない。

そう言う時代にあって、チケットが安い、サービスが良いなどという事が乗客にとって航空会社

を選択する上で大きな判断材料になっていることは事実だが、航空運送業は安全であることが強

く求められている業種である。そして安全性が自明のものとなった現代、その売り物にはならな

い安全性を維持、向上させるためには多くの投資が必要である事が経営者の頭を悩ませるのである。

 

運航の安全を最終的に支えているのは運航の現場である。彼らが出来る限りフリーハンドで運航

の可否を判断できるような環境を作ることが結果的に会社の利益に結びつくということを航空会社の経営者は今一度認識することが肝要だ。運航の安全のために法律で守られている機長の権限に加えて機長の権威を揺るがすようなことがあっては乗客としては安心して飛行機を利用できなくなる。

 

昨年は国内では大きな事故も無く平穏であったが、目に見えないところでパイロット始め多くの

人々が運航の安全を確保すべく日々努力していることを今一度思い起こして欲しい。_

 

                                                     以上