「JAMR研究員による2014年頭の小論文・随筆など」

 

旅行業界の役割と変化への挑戦

 

主席研究員  志方紀雄

 

 

1.      日本の観光市場の概観(2012年の実績と2013年の推計)

 

20019月の米国同時多発テロ以降、日本の旅行需要は度重なるイベントリスクに見舞われたが、2010年夏季~2011年第一四半期には2009年の世界的な金融危機による影響からも回復基調にあった最中、20113月の東日本大震災で再び需要が下落した。

 

然しながら2012年は夏季以降の需要の回復が目覚ましく、海外旅行者数は史上最高の1,849万人を記録し、国内旅行者数(人泊数)でも史上最高の42,520万人泊を記録した。また、訪日旅行者数は、東日本大震災の影響を最も大きく受けたが、前年の2011年からは大幅に回復(前年比35%増)し、2010年をやや下回る837万人まで回復した。

 

2013年の海外旅行者数は、2012年秋以降の中国、韓国間との領土問題が2013年にも引き続き影響し、史上最高を記録した前年から5%10%程度減少した1,700万人前半に留まるものと予測される。国内旅行者数は、東北を舞台とするTVドラマの放映や、式年遷宮が行われた伊勢神宮や出雲大社、TDR30周年などのイベントが目白押しであったことと、日系LCCの新規路線就航で航空旅行需要が増加したこともあり史上最高の2012年(42,520万人泊)を1%~2%程度上回るものと予測される。そして、訪日旅行者数は東日本大震災からの訪日意欲減少からの回復と、東南アジア5か国の査証の免除・緩和も追い風となり、年間で史上最高の1,000万人を突破が確実となった。最終的には1,000万人~1,050万人程度と予想される。(※2013年の予測人数は、観光庁、JATAの統計から推計。)

 

2.      大手寡占と取扱額は停滞気味の旅行業界-OTAの躍進も

 

観光庁によると、2012年現在の旅行業者数は、第1種旅行業者が726社、第2種旅行業者が2,799社、第3種旅行業者が5749社、旅行業代理店業者が872社で合計10,146社だ。

 

JATAの統計で発表される2012年の主要旅行業者は、その中の58社で取扱額が約63,457億円、上位9社で39,579億円、全体の62%を占める極端な大手寡占状況だ。

 

また、58社の2012年の総取扱額の前年比は5.1%増であるが、オンライン旅行会社のi.JTB21.1%増、楽天トラベルは11.9%増と、その他旅行業者と比較して伸張著しいのも特徴。

 

(なお、未開示のため58社には含まれないが、筆者の推計ではじゃらん.netも楽天トラベルと同規模と考えられる。)

 

3.      新しいプレイヤーの参入

 

スマートフォンやタブレット端末の急速な普及により、過去2~3年、旅行者と旅行会社とサプライヤー間、及び旅行者間の繋がり方が大きく変化した。それをリードする代表はOTAOnline Travel Agency)だ。グローバルプラットフォームにて予約サービスを提供するExpediaPricelineを始め、本邦会社の楽天トラベルやじゃらんnetの成長が著しい。大手旅行会社も挙ってオンライン販売を強化しており、その代表格はJTBの関連会社iJTBHISで成長著しい。

 

また、2013年はソシアルメディアによるユーザー本位の旅行が振興した1年であった。

 

その代表格はTrippieceだ。Facebookで繋がったユーザー同士(旅行者)で旅の行先や体験の内容を決める。そして旅行中から旅行後のレビューへ、更に次の旅行への誘いへと繋がる。シェアする画像の美しさは規制で縛られた既存旅行会社のパンフレット(消費者契約法で縛られるため、パンフレットの写真は「イメージ」表記となり、往々にしてリアリティーに欠ける。)より旅への誘い(インスピレーション)に勝る。

 

さらに、広告会社も旅のプロデュースを始めた。大手広告会社の電通と博報堂は永年に渡る消費者マーケティングとイベント企画やCM制作などの豊富な経験を武器に、それらを旅の魅力と組み合わせることで観光の可能性を広げた。

 

4.伝統的旅行会社のイノベーション-変化への挑戦を!

 

(注:オンライン旅行会社に対して従来型旅行会社を伝統的旅行会社とする。)

 

嘗て伝統的旅行会社は旅行のスタイルを提案して市場を牽引してきたが、現在の旅行会社のパンフレットには「旅」ではなく、シーズナリティーで価格が変動する「商品」で溢れている。さらにインターネットの普及と共に、今までは旅のプロしか手に入れることが出来なかった旅先の旬の情報が、消費者にも簡単に入手でき、情報の精度が時として旅行のプロと消費者との間で逆転現象が起こっている。

 

伝統的旅行会社の強みは、相談と組み合わせだ。旅行業は「人」だと言われて久しいが、OTA台頭と言う環境の変化の下で、その強みへの挑戦をすべきだ。「やっぱり旅行会社のカウンターへ行かなきゃ。」と消費者に思わせることが今、伝統的旅行会社には求められているのではないだろうか。プロフェッショナルな相談と、個々に合った旅の素材の組合せの提案こそが消費者と旅行会社との繋がりだ。中堅の旅行会社が共同でFacebookのサイトを管理し、その先でユーザーとは対面で相談と旅の素材の組合せの提案を実践している「旅専」は、その繋がりを大事にしている。今後も新しいプレイヤーの参入が予想される中、伝統的旅行会社の挑戦は、「商品」から「旅」や「体験」の提案に強みを発揮することではないだろうか。

 

5.2020年に向けて-旅行業界の役割と観光立国の実現へ

 

2020年の東京オリンピック開催に向けて、旅行業界への期待も高まってくると思われるが、いま必要なのは、繁忙期の日並びなどの需要任せのマーケティングではなく攻めのマーケティングだ。企業のテーマ(目指すところ)を明確に、特に大手旅行業者は観光振興に責任が有ると自覚すべきだ。観光立国実現のためには現行業法の規制緩和にも積極的に取組む姿勢が必要だ。2013年、規制緩和に関する委員会が発足したが、一部大手旅行業者は自社利益保護のために規制緩和を望んでいない現実に目を背けてはならない。

 

最後に、旅行業界が忘れてならないのは東日本大震災の被災地復興へのサステイナブルな情報発信と被災地訪問ツアーの造成だ。被災地に旅行者が継続的に訪問することにより復興支援意識の形骸化を防ぐ役割を果たせる。これは被災地の完全復興までの旅行業界に与えられた役割だ。

 

以上